2009年12月 8日 (火)

波打ち際の蛍

蛍を初めて見たのは大人になってからだ。

それも自然の中で見たのではなかった。

偶然通りかかった都会の街角に立てられた家庭用の倉庫のような建物の中で。

嫌がる子供たちを説き伏せ、長い行列に並び順番を待った。

クーラーが効き、厚いカーテンで真っ暗にした部屋の中で、それは飛んでいた。

想像よりずっとずっと小さくて儚げで小さな光だった。

ふわりふうわりとゆらめく沢山の蛍の光が、心の隅でじんわり暖かく灯った。

波打ち際の蛍      島本理生   角川書店

  ★★☆☆☆

川本麻由は通院先で出会った植村蛍に好意を持ち始めるのだが、彼女には新しい恋に飛び込めない心の傷があった。

以前の彼にDVを受けたからといって、あまりにじれったい麻由の態度の恐ろしい真相が読み進めていくと少しずつ明らかになる。内容が重くつらいが、この作者ならではのやわらかな雰囲気で物語が展開していく。

DVを受け続けているということも、そもそもそんな男性を見抜けなかったということも、私には信じられないことだが、実際にももっとひどい事件が報道されている。病んでいるのは加害者の方なのか、被害者の方なのか。助けようとする人の手も振りほどき、暴力が増長していく。愛欲それとも執着か。もっと大切なことのために人は生まれてきたと思いたい。

波打ち際の蛍 Book 波打ち際の蛍

著者:島本 理生
販売元:角川グループパブリッシング
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2009年11月27日 (金)

図書館の神様 

こどもが子供祭りで駄菓子を沢山貰って来た。

どれか食べていいよというので、一番派手なパッケージのものを選ぶことにする。

駄菓子は味を楽しむというより、楽しい気分になれるものがいい。

だからすかさず一番目立つ黒い袋のチョコレート菓子にした。

パッケージには大きな字で、「若い女性に大人気」と書いてあった。

図書館の神様  瀬尾まいこ マガジンハウス

  ★★★★☆

清は国語教師として海辺の中学へ赴任するが、部員がたった一人の文学部の顧問になる。その部員とのチグハグとも思えるやりとりを通して、癒されていく。

派手さはない物語なのに、久しぶりに心地よく物語の中に入っていかれた作品。文学部員の垣内君のキャラクターが抜群だ。心がほんわか温かくなった。普段はもっと刺激的で予想外に展開する話がいいと思うのに、時々むしょうにこんな安心して読み進められる物語を欲するのだ。やっぱり平和で暖かい気持ちになるのっていい。

図書館の神様 Book 図書館の神様

著者:瀬尾 まいこ
販売元:マガジンハウス
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2009年7月11日 (土)

喋々喃々

私の住むこの地方はお盆が早い。

提灯や、お供えなどお盆の道具が店に並ぶ。

私が育った家は、幸せいっぱいの家庭ではなかったけれど、母は毎年きちんとお盆を準備した。

仏壇に野菜でつくった馬を並べ、迎え火を焚いてご先祖をお迎えしたものだ。

子供心にもその日は、世間並みのきちんとした家族だという気がして、本当に嬉しかった。

だから母となった今でも、お盆はきちんと行っている。

故郷で母が行っていた八月に。

迎え火を、花火のようにはしゃぐこどもの姿を眺めながら。

喋々喃々      小川糸  ポプラ社

   ★★☆☆☆

谷中でアンティーク着物店を営む栞は顧客の春一郎と恋に落ちて・・。

寺町で和風で粋な暮らしをしたい人のためのガイドブックと思えば、興味深い本だと思う。出てくる小道具や着物の取り合わせ、食事などどれをとっても心をそそられる。

しかし、である。いい年の男女の不倫は、いくら言葉を飾り言い訳を並べても純愛にはなりえず、かえってかまととぶりが文学作品としての質を下げているのではないか。題名の意味も「男女がむつまじく語り合うさま」。青春小説でもあるまいし。

もっとも、この作品の良さはどっちつかずで足踏みしているところなのかもしれない。

喋々喃々 Book 喋々喃々

著者:小川 糸
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2009年7月 4日 (土)

1Q84

オートバイに10代と思しき青年が乗っている。

スピードを急速に上げて、私達の車を抜き去っていったのだが、なぜか妙な違和感がある。

乗り物に対して、青年がやけに小さいのだ。

彼が乗っているバイクはおそらく400ccくらいの中型だから、子供が乗っているのならばともかく、大きすぎることはないだろうと思いながら、小さくなっていくバイクを眺めていてはた、と気づく。

車用の、それもかなり太いタイヤをつけているのだ。

彼の感覚は突き抜けていて、それは奇妙で微妙にずれている。

なんだかいつかどこかでも、こんな感覚を体験したような。

1Q84    村上春樹 講談社

  ★★★★☆

青豆は腕のいいマーシャル・アーツの女性インストラクターだが、他の仕事を持っている。そして、ある依頼を受ける。

一方、天吾は塾の講師をしながら小説を書いているが、ひょんなことから小説のリライトを引き受けることになり、大きく生活が変わっていく。彼女と彼の接点とは・・。

社会現象になるほどの話題が先行して色々と批判も多いけれど、私にとっては、近年の作品の中では一番読み応えがあって、彼の作品で初めて涙した。これまでは独特の作風が好きで、もらさず作品を読み続けてきたけれども、正直に言って感性の部分といおうか、突き詰めれば娯楽の要素が強く、心が揺さぶられたことは一度もなかった。しかしこの作品では、天吾が最終章で父親を理解するくだりには思わず泣けてしまった。通勤電車の中で読んでいたので、かなり気恥ずかしかったけれども。

特別な経験をしなくても、ただ年を重ねるだけで理解できるようになることがあるし、立場が変わっていることに気づくことがある。私も、いつのまにか主人公の天吾ではなく、彼の親の立場からこの作品を読んでいたのだ。

この作品の主題から切り離せないだけに性が多く出てきたけれども、青豆と親友のからみは不必要だし、唐突に感じた。男性筆者が女性の性を描くとどうしてこんなに飢えた感じの女性ばかりになるのだろう、女の性はもっと受身なのではなかろうか。それとも私の思い違い?まさかね。

1Q84 BOOK 1 Book 1Q84 BOOK 1

著者:村上 春樹
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1Q84 BOOK 2 Book 1Q84 BOOK 2

著者:村上 春樹
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2009年6月21日 (日)

ホテルアイリス

雨の日が続くとなぜか気分が晴れない。

薄暗いからなのか、絶え間なく続く雨音のせいなのか。

傘を差して出かけてもどこか濡れてしまい、不愉快だからか。

軽く痛む頭を押さえながらゆっくりと歩く。

ふとあじさいの花が目に入る。

大きな株で沢山花開くのに、晴天では鮮やかに感じない花だ。

けれど雨の情景でははっとするほど美しい。

ホテルアイリス  小川洋子 学研

  ★★★☆☆

17歳のマリが出会った男性は50歳ほども年上の翻訳家だった。禁断の逢引きのゆくえは・・

この作家の近年の作品から読み始めたので、すっかり勘違いしていた。初期の作品は、耽美的でありながら人間の内部、おぞましさを曝け出す作風だ。少女のユリ以外は登場人物の名前がなく、日本が舞台には思えなかった。この作品の情景は南ヨーロッパの片田舎、黄土色の壁が続く鄙びた海辺の町が浮かぶ。金髪で色白の大人しげな少女と黒髪で背が低いがっちり型の初老の男性、というように私には感じられた。

いかにも品行方正といった容貌の作者がこんな作品を生み出すなんて、やっぱり人間って、文学って奥が深い。それにしても、賞をとった作品よりもそうでないものの方が面白いのはなぜだろう。

 ホテル・アイリス ホテル・アイリス
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2009年6月12日 (金)

家日和

夕方のニュースで十代の母親、いわゆるギャルママの特集をしていた。

金髪の長い髪を大きく膨らませた流行の髪形に、短いスカートで子育てや家事に全力投球する姿は、なかなかに心を打つ。

自分のためだけに生きて当然の年頃なのに、幼さの残る顔で子供の世話をするのは尊敬に値する。

すると、熱心に画面を見ていたこどもが暗い顔で私に言う。

「お母さんがギャルママになったら、きっとお父さんは嫌がって離婚だね。心配だなぁ。」

・・・この年になってギャルになれるものなら、なってみたい。

家日和     奥田英朗  集英社

  ★★★☆☆

家族の心の隙に生じる小さなエピソードを集めた短編集。幸せな毎日の、それでも生じる小さな不満が発端となる出来事。絡まった糸が必ずほどけるのが、この作者の作品の良いところ。着地点が必ずハッピーになるところが安心できる。最後の物語は作者自身がモデルなのかと思わせるのも作家の腕前か。

人はどうして与えられた幸せより、足りないところばかり数え上げてしまうのだろう。

少しずつ積み上げた積み木がずれているのに気付いたら、小さくため息をついて、また積みなおせばいいのだ。嬉々として飽きることない幼子のように。

家日和 Book 家日和

著者:奥田 英朗
販売元:集英社
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2009年5月21日 (木)

かつら美容室別室

自転車に高校生の男女が二人乗りしている。

後ろに座っている女の子のおしりのポケットから、おびただしい数のぬいぐるみがぶら下がっているのが見える。

恐らく携帯につけているのだろうと思うのだが、ポケットの入り口からマスコット売り場のようにマスコットがわさわさとぶら下がっているのだ。

邪魔にならないのかしらと考えつつも、あんなにもぬいぐるみが携帯につけられること、つけてみようと思う若者の思考回路に感心する。

そんなわけで、今私の携帯にも大きなマスコットが一つ、ぶら下がっている。

かつら美容室別室   山崎ナオコーラ 河出書房新社

  ★★★☆☆

淳之介は梅田さんに呼ばれて、かつらをかぶる桂さんの美容室に通うようになる。彼らのほのぼのとした日常。

なんでもないありふれた日常の話なのだけど、暖かく優しくてエッセイのようにさらりと読めてよかった。淳之介とエリの関係はいまどきの若者らしく臆病で健全だ。なんだかなぁ。もう若いということは熱く無謀なことではないのだ。若いうちに失敗しておかないと後悔するぞ。

そうか、こういうのを老婆心、というのか。

カツラ美容室別室 Book カツラ美容室別室

著者:山崎 ナオコーラ
販売元:河出書房新社
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2009年5月 2日 (土)

金色の野辺に唄う

つつじの花が咲く歩道をゆるゆると吹いてくる風はすっかり初夏の匂いがする。

厄除けになるとも、魔よけになるとも言われている菖蒲湯は、一体こどもがいくつになるまでやるものなのかしら、と思いつつ今年も菖蒲の葉を買ってしまう。

スーパーの袋から大きく飛び出した葉を見て、ふと自分の子供の頃は菖蒲湯なんてしたことがなかったことを思い出す。私の故郷にはない風習なのだろうか。

おっとと出会わなかったら、こどもがいなかったらこんな行事は知ることもなく、実際に行ってみることもなく過ぎていったことだろう。

こうやって、また、与えられたものを一つ数える。

金色の野辺に唄う    あさのあつこ 小学館 小説

  ★★★☆☆

まさに大往生を遂げようとしている松恵は、夫と次女奈緒子との軋轢、ひ孫の幼い日々を回想する。

平凡に生きた一人の女性とその家族のストーリーが心に染みてくる。愛に渇望した美貌の娘、孫息子の再婚相手、ひ孫の東真、花屋の店員小波渡とのエピソードが暖かい。字体も草書体が使われていて、美しい本に仕上がっていると思う。

生きていくということは尊く、美しく、暖かく、そして時に残酷だ。それでも人は定められた時を生きていかなければならない。自分のことが最後まで好きでいられるようにありたいものだ。

金色の野辺に唄う Book 金色の野辺に唄う

著者:あさの あつこ
販売元:小学館
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2009年4月30日 (木)

右岸 左岸

横になってテレビを見ているおっとを何気なく眺めると、いつの間にか増えている白髪に驚かされる。

こどもに指摘されて自分の白髪が増えていることにも気づかされる。

そうなのだ、毎日時は流れているのだ。音も無く、匂いも無く。

速さが変わるわけでもなく、どの人にも公平に。

流れ着く先は、どんな色の花が咲いているのだろう。

抗わず、無理せず、笑っていられるだろうか。

右岸   辻仁成 集英社 小説

  ★☆☆☆☆

左岸   江國香織 集英社 小説

  ★★★★☆

奔放に生きる茉莉と、彼女に恋するお隣の九の半世紀に渡る物語。九の人生を辻氏が、茉莉の人生を江國氏がそれぞれ描いている。

『冷静と情熱のあいだ』は二人の作品で一つの物語がより立体的に描かれていて大層良かったので、同じような作品を期待していただけにがっかり。あまりにボリュームがありすぎたのか。それでも左岸はいつもの作風で奔放でありながら透明感がある女性の生き様を、楽しんで読み進んだ。右岸は主役の男性が超能力者という設定な上、読み進んでいくうちに宗教家のようになっていく。前半は色事の描写ばかりで、一体作者はどうしてしまったのだろうという感想。女性に対する勘違いも年を追うごとに激しくなるように思えてならない。辻氏初期作品のファンだけに残念。

それにしても、相手がこれだけ作品を暴走させたのに、きちんと自分のカラーを壊さず、作品を仕上げた江國氏の腕前に脱帽。

右岸 Book 右岸

著者:辻仁成
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左岸 Book 左岸

著者:江國香織
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2009年3月23日 (月)

ラジ&ピース

スーパーに行くと、小さな子供たちが沢山いる。

そうかもう春休みなんだ。

こどもの病気が続き慌しく毎日を過ごして、日々が単なる数字の羅列のようになっていた。

ちっぽけな私が心を乱そうと、満たされようと、世の中は一分の狂いも無く過ぎていく。

それならば、笑って楽しく過ごしていこう。

そんな風に思ったら、小さな男の子がニッコリと笑った。

ラジ&ピース  絲山秋子 講談社 小説

  ★★★☆☆

野枝はラジオDJだ。ラジオの中の私は親切で明るくて人気者だけれど、現実の私は不機嫌で不細工な愛想のない人間で・・。

FMラジオの地方局にこだわってDJを続ける女性の話。コンプレックスに凝り固まって、自分自身も周囲の人も居心地を悪くしていく。他人との関わりを嫌いながらも、実は一人では生きていかれない現代人の横顔が描かれている。

生活自体が大変だった時代は過ぎて、自己実現という名の自己満足を追い求めて人は生きていく時代になった。それは実に贅沢なことなのだけれど、あまりに自由度が高すぎて振り回されてしまうのだ。幸せは究極のところ、自分の中にしかないのだ。どれだけの恵みに気づけるか、そして感謝できるかというところにしか。

ラジ&ピース Book ラジ&ピース

著者:絲山 秋子
販売元:講談社
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