2009年10月12日 (月)

英雄の書

おかあさんは教育ママじゃないよね、とこどもが言った。

勉強はお母さんのためにするんじゃなくて、自分のためにするからだよ。と答えたけれど、本当は何が正しいのかわからないからうるさく言わないだけなのだ。

こどもの友達はみんな塾に行き、幼い頃から英語を学ぶ。

そうやって一流と言われる学校を出て、有名な会社に入ったりその先の学問を修めることは、悪くはないけれど、年端も行かない年齢から遊ぶ時間や寝る時間を削ってまで手に入れるほどのものなのだろうか。所詮それでも世の中の歯車に過ぎないのではなかろうかと。

そんなことより人生に満足し、何があっても負けない心の人になって欲しい。

まだ幼いこどもの顔を見ながら、三匹のこぶたでも家を作って出て行くのよ。だからあなたも大きくなったら自分の力でこの家を出て行くんだよ、と言ってみる。

いやだよというこどもの顔を見つめながら、今はこうやって一緒にいられる時間を楽しもう。ふんわか暖かい気持ちになれるこの時間を。

英雄の書  宮部みゆき 毎日新聞社

  ★★★☆☆

自慢の中学生の兄が恐ろしい犯罪を犯した。亡くなった伯父の別荘にあった「英雄」という書物に取り付かれたからだという。小学生の友理子は物語の世界へと、兄を救い出いだすために旅立つ。

ブレイブストーリーのような青少年向けファンタジーだが、大きなメッセージが込められているように感じた。全ての文章には影響力があり、その内容によって世界を良くも悪くも変えられるのだと。全くその通りだと思う。だから注意深く読む本を選ばなければならないし、ただやみくもに何もかもを受け入れるのではなく、判断する力を持たなければならない。売れればいいとばかりに刺激的な内容の書物を大々的に宣伝したりしているが、読者はそれに振り回されることなく、良書を選んでいかなければ。

英雄の書 上 Book 英雄の書 上

著者:宮部 みゆき
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英雄の書 下 Book 英雄の書 下

著者:宮部 みゆき
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2009年7月17日 (金)

ネクロポリス

光景が浮かぶ果物と言えば、無花果が一番で、夏の盛りの実が熟した頃になると、近所の人たちが一斉に集まって、思い思いに無花果の実をもぎっては食べたものだった。

実をもぎった断面は白い汁がでて、それが不思議だった。牛乳なのか、それとも無花果の血なのだろうかと考えながら、手にその白い汁をなすりつけ、皮をむいてかぶりついた。良く熟れた実の柔らかさとみずみずしさが美味だった。

その木が誰のものだったのかは確かではないけれど、一軒では食べきれるものではないし、天からの恵はみんなのものだというような、のどかでおおらかな時代だった。

店頭に並ぶ無花果はきちんと包まれ高価なのに、食してみるとがっかりする。

照りつける日の下で、良く売れた実をみんなで集まって食べるのは、何と贅沢だったことか。

ネクロポリス    恩田陸 朝日新聞社

  ★★★★☆

V.ファーと呼ばれる島でヒガンなる行事が行われるという。その土地出身者の血縁者だけが参加できるという。初参加のジュンイチロウの周りで不可解な事件が起こっていく・・。

どうしたら、こういう発想が出来るのだろう。日本の古い風習がイギリス風に発展していったら、という空想から物語が広がっていったのか。確かに舞台を日本にしたら怪談になってしまいそうだが、曖昧な土地にしたせいで不気味ではない不思議な世界観が出来上がっている。日英の混在振りがしっくりいっている気になるから不思議だ。登場人物の共通言語が何語かというのも気にならない。

死者と再び話せたら、というのは多くの人が抱えている想いなのだろうか。

私にも、もう一度だけ会って詫びたい人がいる。

ネクロポリス 上 Book ネクロポリス 上

著者:恩田 陸
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ネクロポリス 下 Book ネクロポリス 下

著者:恩田 陸
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2009年4月10日 (金)

ハリー・ポッターと死の秘宝

自宅近くの川のほとりに素晴らしい桜並木がある。

例年家族で散歩していたのに今年はその機会を逸してしまった。

折角の絶景を逃すのも残念なので一人で出かけることにする。

華の盛りは少しばかり過ぎてしまっていて、葉桜混じりの桜だった。

けれど、花びらがはらはらと川面に散り行く様も美しく、遠めに並木を眺めれば、まだまだ充分美しい。

桜の香りのする風の中、大きく息を吸ってみる。

この国に生まれてきたこと、こうしてまたこの花を見上げることが出来たことをじんわりと感じて。

ハリー・ポッターと死の秘宝 J.K.ローリング 静山社 ファンタジー

  ★★★★☆

ハリーポッターシリーズ最終巻。

最後まで期待を裏切らず、スピーディーで面白く一息に読んでしまった。娯楽に溢れた現代の子供たちに、読書の楽しさを思い出させたという点で、功績が大きいと思う。そして人間の弱さや愚かさも描かれており、大人も充分楽しめる物語だ。

たった一つ残念なことは、この作品の日本語翻訳が児童書の出版に慣れた会社から出されなかったことだ。出版された続編を読む頃にはよほどのフリークでない限り、既刊の細かな内容や脇役は忘れていることが多いので、通常のシリーズものは、それまでのあらすじと登場人物が冒頭に紹介されている。しかしこの作品にはそれがないので、新しい巻を読み始めると横文字の名前ということもあり必ず混乱する。しかたがないのでそのまま読み進んでいくのだが、残念しきり。

そして今回非常に残念に思ったのは、表紙カバーの折り返しに最新刊の登場人物紹介があるのだが、下巻のある人物の説明を読むと、これまでこの話を読んできた人間なら、物語の真相が容易に推察できてしまうように書かれている。これは、あまりにひどい。これでは折角の読書の楽しみをあらかじめ奪われてしまう。

それに、上下巻セットでしか販売しないというのもどうかと思う。下巻を読まないという選択もあるし、四千円はきつくても二千円を二回なら買えるという子供もいるだろう。どちらかだけを再び購入したいということもあるだろうに、利益のことしか考えていないと感じてしまう。

作品が素晴らしかっただけに、他の出版社から出ていたらもっと良い本になっていたのではないかと残念なのだ。

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻) Book 「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)

著者:J. K. ローリング
販売元:静山社
発売日:2008/07/23
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2008年2月 6日 (水)

六番目の小夜子

午前中の空いている電車に乗った。

高校生が停車駅から大勢乗って来る。

友達といるだけで楽しくて、嬉しくて、騒がしい年頃だ。

それなのにみんな一斉に携帯を開く。

同じ制服を着た同じような顔つきの子供たちが、同じ角度で下を向く。

無表情で口を半開きにして、無言のまま親指だけが動いている。

名刺くらいの小さな窓には何が映っているのだろう。

少しあごを上げて周りを見渡せば、素敵な出会いや発見が待っているかもしれないのに。

そんな素敵なことが起こるなんて、ありもしないと決めてかかって。

だけど、私にはいるのだ、電車の中で出会った人と結婚した妹が。

六番目の小夜子   恩田陸  新潮文庫  ファンタジー

  ★★★★☆

その高校にはいつからか生徒に受け継がれている伝説があった。その役割は前任者から選ばれた一人の三年生がつとめ、卒業式当日、在校生にこっそり引き継がれるという。それはサヨコと呼ばれ、代々のサヨコしか当人がわからない。そして今年は六番目のサヨコの年だった・・・。

文句なしに面白かった。サヨコを巡る不可解な出来事にミステリーなのかと思いきや、青春小説としても十分楽しめる。この作者が描く高校生は魅力的で、思わず自分の高校時代に思いを馳せてしまう。もちろん、人に誇れるような素晴らしいものではないけれど、振り返ってみると、私にだって切なくなるような純粋さや輝きが与えられていたと気づくのだ。

いつも思うのだけれど、文学賞というのは正当に作品に与えられていない気がする。作者の最高傑作というよりは、ある程度作者の実力が安定してからようやく選者が安心して与える、というような。『夜のピクニック』もよかったけれど、この作品のほうが断然面白いよなぁ、やっぱり。

『図書館の海』に収められている続編もよかった。

六番目の小夜子 六番目の小夜子

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図書室の海 (新潮文庫) Book 図書室の海 (新潮文庫)

著者:恩田 陸
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2007年7月30日 (月)

精霊の守り人

小さな川の側にあるキャンプ場に行く。

自然の中にいると子どもは本当に生き生きとする。

時間を忘れてアメンボやおたまじゃくしをすくったり、大きな岩によじ登ったり、虫取りと一日中、実に楽しそうだ。

山の中で携帯の電波も入らないし、蝉時雨と水音以外しない。

いつも時間に追われているのが現実とは思えなくなってくる。

ぼんやりと川面を眺めているだけで、自然に抱かれているようなゆったりとした気持ちになる。

自然の中に身を置くと日常の様々なことがリセット出来るのだ。

あぁ、なんて幸せなんだろう。

もっとも、車にキャンプの荷物を積む際に軽いぎっくり腰になって、ずっとロッジで寝ていただけのおっとがどう感じているのかはわからない。

精霊の守り人   ファンタジー 上橋菜穂子 新潮文庫

  ★★★★☆

女剣士バルサはひょんなことから、第二皇子チャグムの護衛をすることになる。チャグムの体内に巣食ったものが原因で命を狙われているのだ。100年に一度起こると言われている大飢饉は果たして彼が原因なのか。チャグムとバルサの運命は・・・。

作者はアボリジニが専門の文化人類学者だという。そのせいか物語は日本のようでいて、エスニックな香りも強く、伝承や文化の違いなども散りばめられていて、児童文学といいながらも読み応えがある。『守り人シリーズ』は日本から外へ発信していけるファンタジーだと思う。また読破したいシリーズが私の中で一つ増えた。

精霊の守り人 Book 精霊の守り人

著者:上橋 菜穂子
販売元:新潮社
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