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2008年6月23日 (月)

サヨナライツカ

しばらく会えないでいたな、と思うと10年も過ぎていることに気づく。

折々のやりとりはあって、疎遠になっていた訳ではない友なのに、改めて考えてみるとそんなにも長い間会っていなかったりするのだ。

自分に流れていた時間の速さに驚くけれど、誰も等しく時間は与えられていたのだと、お互いの近況を語り合ってしみじみ感じ入る。

あの頃、同じ場所で同じように笑いあったのに、こんなにも来た道が違う。

守るものも全く異なっていたりして、人が生きていく、ということの広さと深さを知る。

そして、どんなに時がたっても嬉しい気持ちで再会できる、ただそのことが幸せなのだ。

サヨナライツカ   辻仁成  世界文化社 小説

  ★★☆☆☆

バンコクで30歳の東垣内豊は、沓子と激しい恋に落ちた。25年後、会社のトップへと登りつめていた豊は、出張先のバンコクで彼女と再会し、そして・・。

一言で言ってオトコの夢物語である。男は自分の思い通りの人生を謳歌し、満足した晩年を迎えようとしていた時、昔の女に再会する。詳しく書くとストーリーがわかってしまうので、書かないけれど、あまりに男の身勝手さばかりが描かれていて、現実味が薄かった。もちろん小説だからありえない世界もいいのだけれど、沓子に対して女性読者の共感はあまり得られないのではないだろうか。こういう女性観の人と、一緒にいる女性はものすごく大人なのだろう。

この作家の文章の特徴なのだけど、「~のよう。」と文章が終わる表現が多用されていて、リズムにのって読んでいるのに、途切れた感じがなんだか気になる。でも、この文体の良さも、きっとわかる人にはわかるのだろうな。

サヨナライツカ ― Sayonara, toujours pres de moi (世界文化社) Book サヨナライツカ ― Sayonara, toujours pres de moi (世界文化社)

著者:辻 仁成 (つじ ひとなり)
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2008年6月 3日 (火)

真鶴

雨の中、買い物に行く。

横断歩道の手前で、高校生くらいの少年が楽しそうに傘を振りながら、私の車が行過ぎるのを待っている。

小さな子供が歌いながら傘を振るように上下にリズミカルに。

少年が振り返った方向を見ると、母親らしき女性が微笑みながら、彼の後ろをゆっくりと歩いている。

彼は足踏みしながら私の車ではなく、母親を待っていたのだ。

なんだかふいに胸が熱くなった。

息子さんの時間はきっと幼子のままなのだ。

母親にとっても変わらず、かわいらしい小さな、守るべき我が子のままなのだ。

私の子供が幼かった頃、ほんの少しの道のりが楽しく長く感じたものだった。

ささやかで当たり前の出来事が、それは特別に感じたものだった。

与えられていたものの大きさに、今更ながら気づく。

真鶴    川上弘美  文藝春秋  小説

  ★★★★☆

私は真鶴へとやってきた。何度も、なんども。あるときは一人娘の百と、あるときは一人で。去っていった夫の面影を求めてなのか、それともついてくるもののせいなのだろうか。

いつもの作品と違って、人間の狡さや泥臭さも描かれた重い作調になっていながら、作者独特の世界も残っていてよかった。最愛の夫に去られ、それでも幼子を抱えて日常をこなして月日を送っていかなければならない女の哀しみ、強さ、そして狡さが胸を打つ。このエンディングも、10年前の私だったら納得いかなかったと思うけれど、こうなるだろうなぁと腑に落ちたのだった。人間って変わっていくのだ。文学の楽しみも自分の年齢によって変わっていってそれが本当に奥深い。

真鶴 Book 真鶴

著者:川上 弘美
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