2009年7月 4日 (土)

1Q84

オートバイに10代と思しき青年が乗っている。

スピードを急速に上げて、私達の車を抜き去っていったのだが、なぜか妙な違和感がある。

乗り物に対して、青年がやけに小さいのだ。

彼が乗っているバイクはおそらく400ccくらいの中型だから、子供が乗っているのならばともかく、大きすぎることはないだろうと思いながら、小さくなっていくバイクを眺めていてはた、と気づく。

車用の、それもかなり太いタイヤをつけているのだ。

彼の感覚は突き抜けていて、それは奇妙で微妙にずれている。

なんだかいつかどこかでも、こんな感覚を体験したような。

1Q84    村上春樹 講談社

  ★★★★☆

青豆は腕のいいマーシャル・アーツの女性インストラクターだが、他の仕事を持っている。そして、ある依頼を受ける。

一方、天吾は塾の講師をしながら小説を書いているが、ひょんなことから小説のリライトを引き受けることになり、大きく生活が変わっていく。彼女と彼の接点とは・・。

社会現象になるほどの話題が先行して色々と批判も多いけれど、私にとっては、近年の作品の中では一番読み応えがあって、彼の作品で初めて涙した。これまでは独特の作風が好きで、もらさず作品を読み続けてきたけれども、正直に言って感性の部分といおうか、突き詰めれば娯楽の要素が強く、心が揺さぶられたことは一度もなかった。しかしこの作品では、天吾が最終章で父親を理解するくだりには思わず泣けてしまった。通勤電車の中で読んでいたので、かなり気恥ずかしかったけれども。

特別な経験をしなくても、ただ年を重ねるだけで理解できるようになることがあるし、立場が変わっていることに気づくことがある。私も、いつのまにか主人公の天吾ではなく、彼の親の立場からこの作品を読んでいたのだ。

この作品の主題から切り離せないだけに性が多く出てきたけれども、青豆と親友のからみは不必要だし、唐突に感じた。男性筆者が女性の性を描くとどうしてこんなに飢えた感じの女性ばかりになるのだろう、女の性はもっと受身なのではなかろうか。それとも私の思い違い?まさかね。

1Q84 BOOK 1 Book 1Q84 BOOK 1

著者:村上 春樹
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1Q84 BOOK 2 Book 1Q84 BOOK 2

著者:村上 春樹
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2009年7月 2日 (木)

科学の扉をノックする 

願いが一つだけ叶えられるとしたら、どんなお願いをする?とこどもが尋ねる。

そうねぇとしばし考えてみる。

普段はあれも足りない、これも不満足と思っているくせに、途端に何も浮かばない。

お金持ちになるとか、何か無いの?と重ねて聞いてくる。

もちろん私だって人並みの願いや悩みはあるけれど、大いなるチカラを使ってまで叶えたいような願いはないのだ。

今のままで充分だよと言おうとしてはたと思いつく。

いつまでたっても上達しないテニスの、素晴らしい才能が欲しい。

科学の扉をノックする  小川洋子 集英社

   ★★★★☆

7つの分野の専門家に作者が会いにいったルポ。

文系の筆者が科学について理解したことを書いているので、非常にわかりやすく面白い読み物だった。

私がとりわけ興味深かったのは、遺伝子学者、遺体科学者の項だった。

遺伝子をつきつめていくと万物が共通の要素から出来ていることがわかるという。見事なまでの規則性があり、サムシンググレートと呼ぶしかない力を感じると。

そして作者の遺体学者への思いのめぐらし方が、まさに作品のモチーフや作風と重なっていてルポなのか、小説なのかわからなくなるほどだ。

それにしても、私達は実に色々なものに囲まれて生きており、誰も気づかないようなものにも心を奪われて人生をささげる人がいることに驚く。

科学の扉をノックする Book 科学の扉をノックする

著者:小川 洋子
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2009年6月21日 (日)

ホテルアイリス

雨の日が続くとなぜか気分が晴れない。

薄暗いからなのか、絶え間なく続く雨音のせいなのか。

傘を差して出かけてもどこか濡れてしまい、不愉快だからか。

軽く痛む頭を押さえながらゆっくりと歩く。

ふとあじさいの花が目に入る。

大きな株で沢山花開くのに、晴天では鮮やかに感じない花だ。

けれど雨の情景でははっとするほど美しい。

ホテルアイリス  小川洋子 学研

  ★★★☆☆

17歳のマリが出会った男性は50歳ほども年上の翻訳家だった。禁断の逢引きのゆくえは・・

この作家の近年の作品から読み始めたので、すっかり勘違いしていた。初期の作品は、耽美的でありながら人間の内部、おぞましさを曝け出す作風だ。少女のユリ以外は登場人物の名前がなく、日本が舞台には思えなかった。この作品の情景は南ヨーロッパの片田舎、黄土色の壁が続く鄙びた海辺の町が浮かぶ。金髪で色白の大人しげな少女と黒髪で背が低いがっちり型の初老の男性、というように私には感じられた。

いかにも品行方正といった容貌の作者がこんな作品を生み出すなんて、やっぱり人間って、文学って奥が深い。それにしても、賞をとった作品よりもそうでないものの方が面白いのはなぜだろう。

 ホテル・アイリス ホテル・アイリス
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2009年6月12日 (金)

家日和

夕方のニュースで十代の母親、いわゆるギャルママの特集をしていた。

金髪の長い髪を大きく膨らませた流行の髪形に、短いスカートで子育てや家事に全力投球する姿は、なかなかに心を打つ。

自分のためだけに生きて当然の年頃なのに、幼さの残る顔で子供の世話をするのは尊敬に値する。

すると、熱心に画面を見ていたこどもが暗い顔で私に言う。

「お母さんがギャルママになったら、きっとお父さんは嫌がって離婚だね。心配だなぁ。」

・・・この年になってギャルになれるものなら、なってみたい。

家日和     奥田英朗  集英社

  ★★★☆☆

家族の心の隙に生じる小さなエピソードを集めた短編集。幸せな毎日の、それでも生じる小さな不満が発端となる出来事。絡まった糸が必ずほどけるのが、この作者の作品の良いところ。着地点が必ずハッピーになるところが安心できる。最後の物語は作者自身がモデルなのかと思わせるのも作家の腕前か。

人はどうして与えられた幸せより、足りないところばかり数え上げてしまうのだろう。

少しずつ積み上げた積み木がずれているのに気付いたら、小さくため息をついて、また積みなおせばいいのだ。嬉々として飽きることない幼子のように。

家日和 Book 家日和

著者:奥田 英朗
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2009年5月21日 (木)

かつら美容室別室

自転車に高校生の男女が二人乗りしている。

後ろに座っている女の子のおしりのポケットから、おびただしい数のぬいぐるみがぶら下がっているのが見える。

恐らく携帯につけているのだろうと思うのだが、ポケットの入り口からマスコット売り場のようにマスコットがわさわさとぶら下がっているのだ。

邪魔にならないのかしらと考えつつも、あんなにもぬいぐるみが携帯につけられること、つけてみようと思う若者の思考回路に感心する。

そんなわけで、今私の携帯にも大きなマスコットが一つ、ぶら下がっている。

かつら美容室別室   山崎ナオコーラ 河出書房新社

  ★★★☆☆

淳之介は梅田さんに呼ばれて、かつらをかぶる桂さんの美容室に通うようになる。彼らのほのぼのとした日常。

なんでもないありふれた日常の話なのだけど、暖かく優しくてエッセイのようにさらりと読めてよかった。淳之介とエリの関係はいまどきの若者らしく臆病で健全だ。なんだかなぁ。もう若いということは熱く無謀なことではないのだ。若いうちに失敗しておかないと後悔するぞ。

そうか、こういうのを老婆心、というのか。

カツラ美容室別室 Book カツラ美容室別室

著者:山崎 ナオコーラ
販売元:河出書房新社
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2009年5月10日 (日)

容疑者Xの献身

体調がすこぶる悪いので、夕食は出来合いの弁当で済ませることにする。

こどもが「お弁当おいしかったねぇ」と嬉しそうに言うので、大人気なく答えてみる。

「お母さんのご飯はそんな風にほめてくれないね。」

するとこどもはニッコリ笑って「おかあさんのご飯はもちろんおいしいよ。それに買ったお弁当はかたむいてるし。野菜がないでしょ。」

それはかたよっているというんだよ、という言葉はもったいないから言わなかった。

すぐにそんな言い間違いはしなくなるから。

そうしてありふれた沢山の難しい言葉で、話すようになってしまうから。

容疑者Xの献身 東野圭吾 文藝春秋 ミステリー

  ★★★☆☆

直木賞受賞作。隣人の母娘を守るため、天才数学者の石神がとった行動とは・・・・。

映画化もされ大ヒットした作品。話題になったので当時は敬遠していたけれど、今回図書館で見つけたので読んでみた。ドラマ化するのにぴったりの平凡なストーリーだなと思いながら読み進んでいたものの、やはり東野作品だけにラストのひとひねりが面白かった。でも、Xの動機がやはりいまいちしっくりこない。理が通れば人の道をそんなに簡単に外せるほど、人の命は軽いものなのだろうか。

私の勝手な思い込みかもしれないけれど、この話は作者にとっての全力投球の作品に思えない。『天空の蜂』の方がガリレオシリーズより数倍力作だと思うし、やはり最高傑作は『白夜行』だろう。直木賞はなんだか納得いかない作品が多い。諸事情があるのかもしれないけれど、作品ではなく人に与えるようにしたらいいのに。

容疑者Xの献身 Book 容疑者Xの献身

著者:東野 圭吾
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2009年5月 2日 (土)

金色の野辺に唄う

つつじの花が咲く歩道をゆるゆると吹いてくる風はすっかり初夏の匂いがする。

厄除けになるとも、魔よけになるとも言われている菖蒲湯は、一体こどもがいくつになるまでやるものなのかしら、と思いつつ今年も菖蒲の葉を買ってしまう。

スーパーの袋から大きく飛び出した葉を見て、ふと自分の子供の頃は菖蒲湯なんてしたことがなかったことを思い出す。私の故郷にはない風習なのだろうか。

おっとと出会わなかったら、こどもがいなかったらこんな行事は知ることもなく、実際に行ってみることもなく過ぎていったことだろう。

こうやって、また、与えられたものを一つ数える。

金色の野辺に唄う    あさのあつこ 小学館 小説

  ★★★☆☆

まさに大往生を遂げようとしている松恵は、夫と次女奈緒子との軋轢、ひ孫の幼い日々を回想する。

平凡に生きた一人の女性とその家族のストーリーが心に染みてくる。愛に渇望した美貌の娘、孫息子の再婚相手、ひ孫の東真、花屋の店員小波渡とのエピソードが暖かい。字体も草書体が使われていて、美しい本に仕上がっていると思う。

生きていくということは尊く、美しく、暖かく、そして時に残酷だ。それでも人は定められた時を生きていかなければならない。自分のことが最後まで好きでいられるようにありたいものだ。

金色の野辺に唄う Book 金色の野辺に唄う

著者:あさの あつこ
販売元:小学館
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2009年4月30日 (木)

右岸 左岸

横になってテレビを見ているおっとを何気なく眺めると、いつの間にか増えている白髪に驚かされる。

こどもに指摘されて自分の白髪が増えていることにも気づかされる。

そうなのだ、毎日時は流れているのだ。音も無く、匂いも無く。

速さが変わるわけでもなく、どの人にも公平に。

流れ着く先は、どんな色の花が咲いているのだろう。

抗わず、無理せず、笑っていられるだろうか。

右岸   辻仁成 集英社 小説

  ★☆☆☆☆

左岸   江國香織 集英社 小説

  ★★★★☆

奔放に生きる茉莉と、彼女に恋するお隣の九の半世紀に渡る物語。九の人生を辻氏が、茉莉の人生を江國氏がそれぞれ描いている。

『冷静と情熱のあいだ』は二人の作品で一つの物語がより立体的に描かれていて大層良かったので、同じような作品を期待していただけにがっかり。あまりにボリュームがありすぎたのか。それでも左岸はいつもの作風で奔放でありながら透明感がある女性の生き様を、楽しんで読み進んだ。右岸は主役の男性が超能力者という設定な上、読み進んでいくうちに宗教家のようになっていく。前半は色事の描写ばかりで、一体作者はどうしてしまったのだろうという感想。女性に対する勘違いも年を追うごとに激しくなるように思えてならない。辻氏初期作品のファンだけに残念。

それにしても、相手がこれだけ作品を暴走させたのに、きちんと自分のカラーを壊さず、作品を仕上げた江國氏の腕前に脱帽。

右岸 Book 右岸

著者:辻仁成
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左岸 Book 左岸

著者:江國香織
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2009年4月19日 (日)

「婚活」時代

「ブログ見てください。」と若い彼らは言いあっている。

目の前にいるんだからお互いに話をしたらいいのに、と思いながら聞いていない振りをする。

大切なことや、心の叫びはみんなブログにあるという。

大事なことほど直接伝えないといけないし、ブログやSNSは不特定多数の人に発信する公のものなんじゃないかな、という言葉も飲み込む。

私にも見てくださいというので「私みたいな年上の人間が見てもいいの」と尋ねるとぜひと素晴らしい笑顔を返してくれる。

リアルと彼らがいう世界だけで生きてきた私は、しばしば混乱する。

でも思い至ったのだ。平安の人達が和歌を詠みあうそんな感じなのだと。あの時代の人間関係は歌を交し合うことでなりたっていたのだ。

そして恋は、実際の人となりよりも和歌の腕前が重要だったということに。

「婚活」時代   山田昌弘・白河桃子 ディスカヴァー携書 

  ★★☆☆☆

なぜ、現代の男女はなかなか結婚しないのか。その理由を解き明かす書。

女性にとって恋愛も就職も自由な時代になったが故に、女性は自分磨きをするほど縁遠くなり、男性はガラスように傷つきやすい心で理想の相手を待っている・・・これが現実なら、本当に怖い。この本では、男性には勇気を出し、そしてとにかく女性のいる場所へ行けといい、女性には男性に積極的にアタックしろといっている。

マスコミは「就活」、「婚活」と新しい言葉で次々に若い人達をいたずらに煽っているように思えてならない。人生の一番重大な選択であることは間違いないけれども、縁結び、という言葉もあるように、人智を超えた不思議なものが結婚にはあると思うのだ。当事者だけが努力しても結ばれない縁(えにし)はあるし、紆余曲折を経て一緒になる二人もある。

それに、始まりくらいロマンティックじゃないと長い結婚生活やってらんない。

「婚活」時代 (ディスカヴァー携書) Book 「婚活」時代 (ディスカヴァー携書)

著者:山田 昌弘,白河 桃子
販売元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
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2009年4月10日 (金)

ハリー・ポッターと死の秘宝

自宅近くの川のほとりに素晴らしい桜並木がある。

例年家族で散歩していたのに今年はその機会を逸してしまった。

折角の絶景を逃すのも残念なので一人で出かけることにする。

華の盛りは少しばかり過ぎてしまっていて、葉桜混じりの桜だった。

けれど、花びらがはらはらと川面に散り行く様も美しく、遠めに並木を眺めれば、まだまだ充分美しい。

桜の香りのする風の中、大きく息を吸ってみる。

この国に生まれてきたこと、こうしてまたこの花を見上げることが出来たことをじんわりと感じて。

ハリー・ポッターと死の秘宝 J.K.ローリング 静山社 ファンタジー

  ★★★★☆

ハリーポッターシリーズ最終巻。

最後まで期待を裏切らず、スピーディーで面白く一息に読んでしまった。娯楽に溢れた現代の子供たちに、読書の楽しさを思い出させたという点で、功績が大きいと思う。そして人間の弱さや愚かさも描かれており、大人も充分楽しめる物語だ。

たった一つ残念なことは、この作品の日本語翻訳が児童書の出版に慣れた会社から出されなかったことだ。出版された続編を読む頃にはよほどのフリークでない限り、既刊の細かな内容や脇役は忘れていることが多いので、通常のシリーズものは、それまでのあらすじと登場人物が冒頭に紹介されている。しかしこの作品にはそれがないので、新しい巻を読み始めると横文字の名前ということもあり必ず混乱する。しかたがないのでそのまま読み進んでいくのだが、残念しきり。

そして今回非常に残念に思ったのは、表紙カバーの折り返しに最新刊の登場人物紹介があるのだが、下巻のある人物の説明を読むと、これまでこの話を読んできた人間なら、物語の真相が容易に推察できてしまうように書かれている。これは、あまりにひどい。これでは折角の読書の楽しみをあらかじめ奪われてしまう。

それに、上下巻セットでしか販売しないというのもどうかと思う。下巻を読まないという選択もあるし、四千円はきつくても二千円を二回なら買えるという子供もいるだろう。どちらかだけを再び購入したいということもあるだろうに、利益のことしか考えていないと感じてしまう。

作品が素晴らしかっただけに、他の出版社から出ていたらもっと良い本になっていたのではないかと残念なのだ。

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻) Book 「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)

著者:J. K. ローリング
販売元:静山社
発売日:2008/07/23
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